• トップ
  • 体験談
  • 乳がんで亡くなった友人に助けてもらった命。 その恩返しのため「生きる」を考えた10年間でした。

モデル・ NPO法人 C-ribbons 代表理事
藤森香衣さん
乳がんで亡くなった友人に助けてもらった命。 その恩返しのため「生きる」を考えた10年間でした。

2021.12.22

Profile

藤森香衣さん
11才からモデルを始め、広告、CM、テレビなどを中心に活動。乳がんで友人を亡くした事をきっかけに、検診の重要性を知った直後、自分のしこりを発見、2013年4月、右乳房全摘出及び、同時再建手術。
術後すぐに早期発見の重要性を伝えようと自身の病気を公表し、モデルの仕事も続けながら、講演活動などを行っている。サバイバーや支える全ての人が孤独を感じずに、よりよく生きる社会を実現するため、2016年にNPO法人C-ribbonsを設立、代表理事を務める。

病名
乳がんステージ0
状況
術後経過8年。2013年に手術。初期ではあるものの、腫瘍が3つあり広範囲なため、右胸を全摘出

モデルという華やかな仕事の裏で、乳がんと闘ってきました。2012年に告知を受けもうすぐ10年。

乳がんと告知されたのは2012年12月でした。

実は2011年からしこりがあり、検査でも「おそらく大丈夫だろう、1年半から2年後にまた検査しましょう」と先生に言われました。ですが、その1年前に友人を乳がんで亡くした経験があり、検査後もどうしても気になって1年後に、セカンドオピニオン先の先生に相談したら針生検をしてみましょうということで、がんが見つかりました。早期発見だったものの、がんが乳房全体に広がっていたため全摘出を選択しました。

告知された当時は、30代で乳がんを発症する方は統計的に少ない割合だったため、亡くなった友人に検査の重要性について教えてもらっていなかったら、病理検査までしていなかったと思っています。

40代になると女性には無料の乳がん検査の案内が届きますが、そこまで放っておいたらと考えると、大変なことになっていたのではと震えました。本当に友人のおかげで見つけられたと思います。やはり、知識があることは大事ですね。

亡くなった友人への感謝の気持ちと自分の経験を踏まえ、誰かに伝えていきたい。

私は、友人への感謝の気持ちと自分の経験を誰かに伝えていきたいと考えるようになりました。

まずは、仕事の調整があるため事務所に相談することに。その時に世間に公表する事について様々な意見がありました。応援してくれる方もいらっしゃいましたが、中には病気のイメージが付くことで仕事がなくなるのではと心配してくれる方もいらっしゃいました。

ですが、それで仕事がなくなるのであれば、ご縁がなかったものだと割り切ることにしました。それよりも、私が病気を隠す中で、仕事柄、もしも手術跡を誰かに見られた場合、周囲にがんへの誤解や偏見が益々生まれてしまう事を恐れました。患者さんはもちろん支える側も、正しい知識を持つことで病気への怖さや不安を少しでも和らげてほしいという気持ちの方が強かったです。ありがたいことに、事務所にも理解していただき、全面的に協力してもらうことができました。

友人・ファンへの公表、そして術後1ヶ月後にチャリティーラン。

友人には、自分の病気の状態と術後にチャリティーランをすることを併せて公表しました。

というのも、実はがんが見つかる前に5月のホノルルトライアスロンの5kmランにエントリーをしていました。手術は4月。日程的には難しいですが、5kmのランなら目標にできると思ったのです。それを、チャリティーランにし、集まったお金を公益財団法人日本対がん協会へ寄付すると決めました。

私が、がんを公表した10年前は今ほど乳がんの知識を持っている人が少なく、友人に伝えた時はどんなに説明しても私が死んでしまうと思ってしまったり、胸は残した方が良いと強く言ってきたり…。良かれと思ってしてくれていることがすごく負担になった時期もありました。私自身は既に乳房全摘出を決めており、それが自分にとって最善だという納得した状態だったので余計に。ですが、当時の看護師さんから「周りに公表したら様々な人から色々なことを言われる」と前情報があったので、辛くなりすぎることはなかったと思います。

ファンの皆さんに公表した日は、誕生日の翌日でした。ブログに誕生日と病気について併せて報告しました。ブログでの公表は、言葉を選ぶなど細心の注意を払いました。その時コメント欄をオープンにしていたので、嫌な書き込みもあると覚悟していたものの、みなさん温かいコメントが多くとても力になりました。また、乳がんだけではなく、子宮体がんや子宮頸がんなど他のがんの方も応援してくれました。

リハビリは、手術を経験した先輩からのアドバイスで順調に。

チャリティーランを目標に術後はリハビリをしていたのですが、私より少し前に手術していた先輩からアドバイスをいただいていました。

「手術前に手が一番上がる位置で壁に付せんをつけておきなさい」と言われたのです。初めはなんでそんなことを勧められたのかわかりませんでした。

ですが、手術をしたらまったく腕が上がらなくなったのです。術前に壁につけておいた付せんがリハビリの目標線ということだったんですね。おかげで、無事に元の位置まで上げることができました。

チャリティーランの時に友人とヨガをしたのですが、まっすぐ上がる私の腕を見てうるうるしていました。手術前の状態になかなか戻らない方もいらっしゃるのを知っていたんですね。

それからというもの、この方法は、手術することが決まった方には、必ずお伝えしています。

術後は自分を甘やかす期間に。

私の場合、リハビリが辛かったというより、術後1〜2ヶ月は同時再建の傷がとても痛く、寝返りもできないのでそれが辛かったです。みなさん、それぞれ後遺症があると思うのですが、術後は無理しないことを心がけていました。食器は手術前に低い位置に収納しておくと良いと聞いていたので準備はしていましたが、さらに、同じマグカップやお皿で済ませる、辛い時は料理をしないでテイクアウトで済ませる、など自分を甘やかす期間にしていました。

主婦の方やお子さんがいる方など、頑張ってしまうと思いますが、無理をしない事が一番だと思います。

私の周りには既に乳がんを経験した友人が複数いたので、情報が自然と集まっていたのです。情報は大切だなと感じたことが多かったと思います。

あと辛かったのは、退院後の体力についてです。退院後スーパーに行かなければいけない時や病院に行く時など、少しの距離を歩くだけでもぜいぜいと息切れしてしまい、入院期間は長くなかったのに、こんなにも体力が落ちているのかと驚きました。

自分がそのような立場になると、手すりを使わないといけない方やベビーカーを押している方の姿もよく目に入るようになりました。世の中こんなにバリアフリーが進んでいないのかと気付かされました。

AYA世代※1の子は今でも苦労されていると思います。電車では、しんどいから優先席に座っているのに、「若いのに」と目の前で言われることもあると聞きます。ヘルプマークをつけるようになり少し良くなったのかなと思いますが、まだまだ認知が必要だと感じています。

私よりもっと若い世代のがん患者さんも生きやすい世の中になってほしいと思います。

様々な人との出会いが「NPO法人C-ribbons」の立ち上げにつながった。

チャリティーランをきっかけにもっと活動していきたいということを人に話をしていたら、色々な方と知り合える機会が増えました。その中で、公益財団法人 がん研究振興財団さんや東京都主催のピンクリボンin東京というイベントの司会をするなど個人でお仕事ができるようになりました。そこから、もっと大きいイベントやみんなでできる活動をしたいという希望ができました。

団体として活動ができれば出来ることが増えるかもしれないと考えていた時に、後にNPO法人C-ribbonsの共同設立者となる村尾龍雄さんと出会いました。奥様がトリプルネガティブの乳がんということでお話をする機会ができたのです。

トリプルネガティブ乳がんは転移を起こす確率、再発する確率が他の乳がんより高いことが乳がん患者の中でも知られていましたが、当時は情報がとても少なく自分で調べる事に限界がありました。

当時、村尾さんは香港在住でしたが、日本だけでなく香港やアメリカでも患者が調べられる情報が少なく、「世界中でそんな状況なのか?もっと病気のことを知る必要があるのではないか?」と話をしていたのです。

私は「がん患者」、村尾さんは「がん患者の家族」と立場は違いますが、情報が無くて苦しんだという似た経験をしたからこそ、「当事者」として同じ苦しみを受けている方々へ、押し付けにならない同じ目線からの情報発信をしたいという強い気持ちになったことを今でも覚えています。

そんなことをお話ししているうちに、「あなたは何をやっていきたいの?」と聞かれ、「私はメンタルケアをする団体を作りたい」と話しました。団体にすることで両方の課題が解決できるかもしれないね、という話になり、出会って45分でNPO法人C-ribbonsを共同で設立しましょうと決まりました。すぐに、WEBサイトを作ることになり、その後はとんとん拍子に進んでいきました。一人ではできないと思っていたので神様だと思いました。

私が村尾さんにメンタルケアをする団体が作りたいとお伝えしたのは、自分の経験とまわりのがん経験者の方との会話から、退院して病院との接点すらなくなってしまったときに孤独感にさいなまれてしまう方が少なくない、でもその一方で受け皿が足りていないということからでした。

がんを経験すると、特に女性は生活をしていく中で悩みなどが出てきます。痛みのことだったり、結婚出産のことだったり、それぞれの症状や年齢で悩みが異なります。

今でこそ様々な支援団体や支援体制などありますが、特に40代より下の人たちは、悩みが多岐に渡り、その当時は社会の仕組みからこぼれてしまいがちだったと思います。

私が発症したのは30代後半でしたが比較的若い世代です。さらに、初期の乳がんだったため患者会などになかなか足を踏み出せませんでした。気にしなくていいと言われますが、私より辛い思いをしている方はたくさんいると思うと後ろめたい気持ちになって、その輪には入れませんでした。ですが、社会とも外れてしまった感じがしていて、孤独を感じていたのも事実です。

また、一度「がんの女性のための○○」というイベントに行ったことがあるのですが、私と同じようにがんを経験した人なのだ、と安心した反面、入り口に「がん患者」と掲げられた会場に入るのに抵抗がありました。

ういった体験の中で、健康な人との垣根をなくせるよう普通の人と一緒に活動をする団体をやっていきたいと感じるようになったのです。

現在主な活動内容は、Not Alone(ひとりぼっちじゃないよ!)というプロジェクト

C-ribbonsの由来はピンクリボンをはじめとする様々ながんの啓発に使われるリボンと、それに関連するたくさんの団体を束ねるイメージでつながっていきたいという想いから名付けました。

活動を通して様々な人たちから相談されることがあります。私たちでできない事は他の団体にお願いするなどし、私たちができる範囲で活動しようと決めています。

私も含め孤独感を感じている患者さんが多かったので、どのようにしたら孤独感がなくなるのか考えて作ったのがNot Alone(NA)プロジェクトです。

プロジェクトの中で、いろいろな企画を実施してきたのですが、最も人気なのはNAビューティ「メイク講座」というもので、特徴は「がんを経験した人向けに宣伝していないこと」。

なぜかというと、がんを経験した人もそうでない人も、フラットに「メイクを勉強する」という目的で参加できるからです。

ただ、そのイベントの合間に私が経験談をお話させていただく。そうすると、がんを経験していない方には啓発を、経験された方には共感とかちょっとしたノウハウを提供できるというわけです。※現在は、コロナの影響もあり一時中断中です。

その他には、お子さんがいる患者さんのためのイベントも開催しています。お子さんは夏休みの自由研究をしている合間に、大人はがんに関しての講演会や情報交換会をしています。お子さんにとっても、ご家族にとっても、同じ境遇のお友達ができることは、メンタルケアにもつながります。

NPO法人C-ribbonsのパンフレットとイベントチラシ

キチンと自分と向き合うための心理学的アプローチも

その他にも、闘病を支えてくれたお友達や、ご家族へのメンタルケアもしています。

最近では、心理カウンセラーの方と一緒に活動を始めていて、認知行動療法(=考え方のゆがみを変えていく)を活用しています。人は、ともすると悪く考えなくてもいいことをどんどんネガティブに考えてしまうことがあります。特に病気だとネガティブになりやすいと思います。

そんな時におすすめなのが、マインドフルネス瞑想です。スピリチュアルなことではなく、キチンと自分と向き合うことができるようにするために頭の中をリセットできるのでおすすめしています。これはがん患者さんだけではなく、誰でもご活用いただけます。自分ではどうにもならないことがあると、呼吸が浅くなりメンタルが保てなくなります。私自身もいつも同じフラットな気分でいられないので、この方法を実践しています。

一度がんを経験すると、ドキドキ(緊張)してしまうことが多くなってしまうと思うんです。治療のことがフラッシュバックしてしまったり、検診が近づくと結果がどうなるか不安になってしまったり…

みなさん辛い思いをしてサバイブしているのだから、少しでも穏やかに生きる方法を身につけて欲しいと思っています。これは患者さんだけでなく、ご家族やご友人全ての方に実践してもらえますので是非試してください。

マインドフルネス瞑想

  1. まっすぐに背筋を伸ばし、お腹はゆったり座る。 (目を閉じても薄目でも大丈夫)
  2. 呼吸は、まず最初に「深く吐く」。ゆっくり深い呼吸を自然に行う。何秒間…などは気にせず、鼻を通る空気やお腹、胸の上下など、呼吸に意識を向ける。
  3. 浮かんでくる考えや感情は、やってきては自然に去るので、あるがままに。意識が逸れるたびに注意を呼吸に戻す。

1分が経過したらそっと目を開ける。

「生きる」ということを考えた10年。

ピンクリボンが始まった頃は、乳がんの早期発見を促すことが重要視されていました。おかげで、今では早期発見の大切さはみなさん理解しています。

ですから、私個人としては、その次のテーマとして「どう生きていくかが大事」ということを講演会でもお話ししています。

10年経った今振り返ると、活動をはじめた当初は、傷つくことやどうしていいかわからない時もありましたが、それでも使命感で乗り越えてきたという感じでした。それが、次第に「見てくれている人がいるから頑張ろう」という気持ちになり、今では楽しんで活動できています。

人は誰でも最期を迎えるので、その時に胸を張って頑張ったよって言えるような人生にしたいなぁ、と思うんです。

そこで感じているのは、がんになる人数が増えているのに、どう生きていくかを提示する人がもっと増えれば良いのにということ。がんになっても生活はあり、どのように両立していくかがとても大切。

私は、患者さん本人はもちろん、その家族やお医者さんとも話す機会がありますが、みなさんそれぞれジレンマを持っているように感じているので、どう生きていくのかをみんなで話し合える場をつくっていけないかな、と思います。

この先の10年はAYA世代の子を支援したい、とにかく知識をつけて。

実は、韓国の若い友人が肺がんになり、闘病を支えています。更に他の友達のお母さんも最近、乳がんになったことを知りました。韓国人の友達と、コロナが明けたら何かしたいねと話をしています。国籍とか関係なくがんによる孤独感は辛いので、国境を越えて活動できたら嬉しいです。

また、日本では若い世代が苦しまないような活動をしていきたいです。乳がんは、様々な支援が整ってきましたが、子宮頸がんについてはまだまだ必要だと感じています。

特にAYA世代の女の子への支援も積極的にしていきたいと思っています。知識があるとそこまで怖いことではないこともあります。知識が増えることで選択肢が増え未来が明るく見えると思っています。

  • 2021年12月現在の情報を元に作成
  • がんを経験された個人の方のお話をもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。
  • ※1 AYA世代とは、Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)の頭文字をとったもので、主に、思春期(15歳~)から30歳代までの世代を指しています。

With Miウィズミーについて

がんに直面しても、自分らしく生きる女性のための情報を発信します。
病気のことはもちろん、ファッション・メイク・エクササイズ・再発予防のための情報、働くこと、また支えるご家族・ご友人・全ての方に。
体験談や知りたい情報を発信し、がんを経験した女性を応援します。